ほむマミめいた何か

 書きかけのまどマギSSのほむマミパート。改変後世界。あとほむ杏と、ほむQがある。『すぎゆく夏』というエヴァSSへちょっとだけオマージュ。


※追記。pixivに加筆訂正して上げました。
 魔法少女になってよかったと思う? | SETTA #pixiv http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3807351










「貴女は魔法少女になってよかったと思う?」











「貴女は魔法少女になってよかったと思う?」


 倒した魔獣の落としたグリーフシードを拾う巴マミの背中に、ふと、暁美ほむらは訊く。
 暁美さんから話しかけてくれるなんて珍しいわね、と目を丸くして、しかしどこか嬉しそうにマミは振り返った。


「そうね――」


 少し思案した後、微かに浮かんでいた笑みを消した表情でマミは答える。


「それは私にとって、"生きててよかったか"っていうのと、同じ意味の質問になるわね」


 マミの顔に、さっきとは違う種類の微笑みが張り付いた。苦笑い。或いは、自嘲?
 事情は知っている。巴マミにとって、魔法少女とは生と死の狭間に交わした契約で、そうならない余地などなかったのだ。


「"あの時に死んだほうが良かった"って、一度も思わなかったというと、それは嘘になるわ」


 魔獣との戦いへの恐怖と苦痛、家族を喪いひとりぼっちになった孤独、事故の時に助け(られ)なかった両親や、倒せなかった魔獣の被害者への罪悪感。異質なものとして以後の人間社会の中を生きていくことへの不安。そしていずれ訪れるであろう、今度こそ逃れられないであろう死――。
 誰かに聞いて欲しかったのだろうか。マミは自分の抱える弱さを、まるで包み隠すことなく、滔々と口にする。


「……それでも貴女が、今、生きているのは、魔法少女をやっているのは、ご両親への贖罪だということ?」


 改めて、ほむらは問う。貴女は、生きててよかった、魔法少女になってよかったとは、思ってはいない、ということなのかと。
 マミは空を見上げた。


「そうね。両親を見捨ててまで生き残っておいて、今更死んだほうが良かった、なんて思うわけにはいかないって思っていたわね」


「過去形なのね」


 マミはほむらの言葉にやわらかく微笑う。


「……最初の頃はね、生きててよかったなんて考えるより、自分だけ生き延びてしまった罪悪感やそれへの贖いの気持ちのほうが強かった。私はもう無駄に生きちゃいけない、勝手に死んでもいけない。犠牲にしたお父さんお母さん、助けられなかったあの子の分まで生きて、死ぬまで人の為に尽くさなくちゃいけないっていう気持ちの方が強かった。でもね――」


 ほむらは次の言葉を待つ。


「それだけじゃない。それだけじゃなかったの。きっと最初からね。生きててよかったって、素直に思う気持ちは、ずっと」


「その比率が今は反対になっているということ?」


「ん〜。なんて言えばいいのかしら。割合は変わってないのかもしれない。ううん、そもそも測れるようなものじゃいんじゃないかもね、こういうのって。今だって自分だけが助かる願いをしてしまったことを後悔していないわけじゃないし、美味しいご飯食べたりして、生きててよかったって思っちゃう時にそれを申し訳ないと思わないわけでもない。ただ、そういうのひっくるめて全部、素直に受け止めるようになった、のかな?」


「わかるような、わからないような感覚ね」


「貴女、むつかしく考え過ぎなのよ。繊細だから」


 それは貴女の方でしょう、とは思ったがほむらは言わなかった。


「生きることを願って、戦ってきたのって、嫌なことも、辛いことも、悲しいこともあったけど、嬉しい事だっていっぱいあったから」


――嫌なことも、悲しいこともあったけど、守りたいものだって、たくさん、この世界にはあったから。


 ほむらはハッとする。いつかのまどかの言葉の記憶が重なる。


「誰かを守れたことって、その守った誰かのその後の姿を見られることって、それだけで嬉しくて、誇りに思えることなのよ?」


 マミはじっとほむらを見る。ああ、そうか。この世界では――いや、この世界でも――魔法少女になる前の私は巴マミに救われているのだ。


――私ね、あなたと友達になれて嬉しかった。あなたが魔女に襲われた時、間に合って。今でもそれが自慢なの。


 また、マミにまどかがダブる。


「救えなかった人もいるけれど、救えた人もいる。生きるのは苦しいこともあるけれど、楽しいこともたくさんある。貴女や佐倉さんのような文字通り命を預けられる仲間とか、美味しい紅茶とか」


「また貴女はさらりと恥ずかしいことを言う……」


 今日はツッコミ役の佐倉杏子がいないのが惜しまれた。


「うふふ。私はだから、どんなに悲しいことや苦しいことや辛いことがあっても、この世界が好き。いつか戦いの運命に押し潰されて円環の理に導かれる時がきても、生きたいと願ってよかった、魔法少女になってよかったって、笑って死ぬわ」


――だから、魔法少女になって、本当によかったって。そう思うんだ。


「――」


 ほむらは思わずマミから目を逸らした。


「……ちょっと、聞いたのは暁美さんじゃない。そういう反応は、こっちの方が、恥ずかしいんだけど」


「え、ああ…ご、ごめんなさい」


 ほむらは慌てて取り繕う。二重の意味で。


「ありがとう、巴さん。参考になったわ」


「なんの参考だか知らないけれど、どういたしまして。またよかったらお話しましょう? 今度は紅茶でも飲みながら。佐倉さんも一緒に」


「そうですね、また今度」


 取り繕いではない笑顔でほむらは答え、マミと別れた。




***




魔法少女になってよかったって、笑って死ぬわ。”


 巴マミと別れた後、暁美ほむらは、まだ自分が魔法少女ではなかった頃、最初のマミとまどかの最期を思い出して小さく微笑った。


「巴さん、変わってないんだなぁ…」


 でも、かつて貴女は、魔法少女になったことを、文字通り、死ぬ程に後悔もしたのよ、巴マミ
 美樹さやかが目の前で魔女になり、佐倉杏子を喪い、遺書を残して自らのソウルジェムを砕いていた彼女のことを思い出す。
 魔女の真実は、彼女に生きたいという願いを、魔法少女になったことを後悔させるものだった。それを伝えることは、彼女の笑って死ぬという世界の受容を妨げるものだったのだろう。
 いつだって、あの人にそれを伝えるのは辛かった。
 けれど、今はそれがない。魔法少女は魔女にはならない。
 彼女は望み通りに、世界を愛したまま、笑って死ねるだろう。
 あの、私達の最初の別れの時のように。
 そしてそれはまどかのお陰なのだ。
 まどかが魔法少女の何を守りたかったのかが少しわかった気がして、ほむらは天を仰いで頭のリボンに触れてみせる。


(がんばって)


 まどかの声が聞こえた気がして、ほむらは微笑んだ。