3D









3D











「暁美さんには、爆弾以外の武器ってないのかしら?」


 巴マミの問いかけに、暁美ほむらは俯いた。おさげが揺れて、眼鏡のレンズが光を反射する。


「……ないです。爆弾作るのに、今月のお小遣い全部使っちゃったし」


 必死に考えて、調べて、材料を買いに行って、夜なべして、作って、やっと成功して、褒められて、しかも調子に乗って作りすぎてしまったのだ。今更他の武器なんて思いつかないし、自前で用意できる気もしない。
 もう、どこかから、貰ってくるしか――


「ああ、暁美さん、責めてるわけじゃないのよ。あのね、ちょっと発想を変えてみない?」


 ほむらの思考の迷路が物騒な出口に辿り着こうとしたその時、マミが慌てた口調でその扉を遮った。


「ええとね、お小遣いで作るんじゃなくて――、つまり、魔法で作る方法考えてみない? 武器」


「そんなこと言ったって、私、いろいろ試してみたけど、どうやっても盾を1個しか出せないです。がんばって巴さんみたいに魔法が上手くなっていっぱい出せるようになったとしても、出てくるのはきっと、やっぱり盾ですよ……。盾じゃ、戦えないです」


 鹿目さんを守れるようにって願ったから、盾なんだと、ほむらは思う。その祈りを間違っていたとは思わないけれど、もう少し、融通の効く武器が欲しかったとは考えてしまう。


「鹿目さんや巴さんや美樹さんみたいに、私も武器が出せればよかったのに」


 そうすれば、美樹さんにも迷惑かけずに済んだし、お小遣いだって残ってたし、こんな卑屈な気持ちにもならなかったのに。盾の装着される左腕を、力なく、だらんと下げて右手で擦る。


「でも、ほむらちゃんの魔法は誰よりも凄いと思うよ……?」


 沈みかけた気持ちごと掬い上げるように、鹿目まどかの手がほむらの腕を取った。


「時間を止められるんだよ? 私にも、マミさんにも、他の誰にだって出来ないよ、そんな凄いこと」


「鹿目さん……」


 鹿目まどかという人は、どうしてこんなにいつもいつも、挫けそうになる私の心を救ってくれるのだろう。その温かい手に触れているとどうして元気が湧き出してくるのだろう。さっきまで泣きそうだったのが嘘のよう。ううん、今は別の理由で泣きそう。その思いを少しでも伝えたいと、ほむらもまどかの手をとる。


「ありがとう、鹿目さん」


 手が絡み合う。穏やかに笑いあう。視線が交差する。綺麗な瞳。まるで澄んだ湖の底を覗いているような気分。握り合う手の温もりは、もうどちらの体温なのかわからない。血潮が、鼓動が繋がっているような感覚。トクン、と心臓が鳴る。私はこのひとのお陰で今ここに生きているのだ。だから改めて、鹿目さんを、このひとを守ろう、彼女の為に生きよう、と暁美ほむらは心に誓う。


「ん、んんんン!」


 と、すごく不自然な咳払いが聞こえて、ほむらとまどかはハッそちらを見た。
 どことなく顔を赤くして、拳を口に当てた姿勢のマミさんが、視線を逸らす。
 ほむらとまどかはパッと手を離し、少し距離をとって、マミさんの方を向く。


「ああ、いや、ええと、なんの話だったかしら」


「ほ、ほむらちゃんの新しい武器の話だったよね?」


「そうでした……。ええと、魔法で武器を出せないかって話でしたよね? 私は鹿目さんや巴さんと違って盾しか出せないんで無理っていう……。多分、契約した時の願いに関係していると思うんですけど……」


 互いに視線をそらしつつ話を戻す3人。


「そうそう、その辺の話だったよね。……あれ。この武器って願い事に関係あるの?」


 まどかがふと気づいたように、魔法の弓を手に出して首を傾げる。


「私の弓矢とかさやかちゃんの剣って、願い事とあんまり関係ない、ような……」


「そうなの?」


 マミも首を傾げる。


「ああ、ええと、私とさやかちゃんの願い事って、ちょっと似てるんです。誰かを助けたいっていうか……」


「そういえば鹿目さんの願い事って……」


「ち、ちょっと恥ずかしいので今はまだ、秘密に、したいです……」


 ふぅん、とマミとほむらは顔を見合わせた。やっぱり鹿目さんの願いはあの黒猫のエイミーを助ける事だったのかな、とほむらは考える。全然恥ずかしくなんかないと思うのだけれど。でも――と考えこんでいるとマミと視線が合って、ほむらは首を横に振った。ほむらもまどかの願い事を直接聞いたわけではない。
 マミはは次いでまどかの顔を見る。まどかの顔は少し赤い。少しの沈黙の後、マミが表情を崩して微笑むと、まどかもぎこちなく微笑んだ。


「まー、乙女には秘密はつきものだし?」


 悪戯っぽい笑顔で、マミは手から魔法でリボンを出す。


「そういえば私も2人に言ってなかったことがあるのよね」


「え」


「なんでしょう?」


 手の中でリボンを弄りながら、勿体つけたように言うマミに、興味津々、という風にまどかとほむらは食いついた。


「百聞は一見に如かず」


 マミは手から幾つかリボンを出し、それぞれを伸ばし、束ね、ピンっと硬化していく。なんだか前にお父さんがお蕎麦を打ってた時みたい、とまどかは思う。


「え、ええええ!?」


 と、ほむらの驚きの声が上がる。
 見ると先程からマミが出して弄っているリボンは、編み物や組木細工のようにフクザツに絡み合って、なんだか見覚えのある形に――


「え? これって、ええ!?」


 まどかもほむらと同じ声を上げてしまう。


「これって、マミさんの……マスケット銃? え、これって、こういう風に……リボンで、出来てたんですか!?」


 見る間にリボンは見慣れたその形になった。まどかは思わず手を伸ばして指でつっつくが、間違いなくそれは実在していたし、まるで金属のように固かった。自分達の命を守り、幾体もの魔女たちを倒してきた正義の証。間違いなく、それはマミさんのマスケット銃だった。まどかとほむらはまるで魔法を見ているような気分で顔を見合わせた。いや、魔法そのものなんだけど――


「私が魔法で出せるのって、元々リボンだけなのよ?」


 呆気にとられている2人を前に、マミは肩を竦めてみせる。


「多分、"助けて"って、生きたいって願ったから、命を繋ぐものとして私の魔法の装備はリボン、だったのだと思うのだけれど、流石にそれだけで戦うのは心もとなくてね――。魔女を拘束は出来ても倒しきれなかったり」


 マミの目に陰が落ちる。


「色々あって――、暁美さんじゃないけれど、武器が必要だなってなって、それで色々考えて、試して、キュゥべえにも相談して、リボンを編み合わせて何かを作るっていう魔法に辿り着いてね」


「考えても普通はこんな発想思いつかないと思います……。というか、思いついても出来る気がしないです」


 以前、タツヤがスーパーで掴んで離さなかったお菓子のオマケのプラモデルを組み立てられなかった経験を思い出して、マミさんは凄い、とまどかは改めて思った。尊敬の眼差し。


「やらなきゃ生き残れなかったし、必死でね。図書館で鉄砲の本いーっぱい借りてきて調べて、1番簡単そうなの選んでね。だから1発ずつしか撃てないでしょ? 凄いようで実は大したことないのよ」


 構造はすごくシンプルなのよ、とマミは舌を出す。


「だからね、ものはやりよう、考えようだと思うのよ。戦闘も、魔法も。暁美さんも――、暁美さん?」


 気が付くと、ほむらはマミのマスケットを両手で抱えて、持ち上げたりひっくり返したりして繁々と観察していた。


「あ、すみません。いや、私も凄く感動して――。というか、これ、設計図とかありますか? あの、偶に出してる小さい鉄砲のでもいいんですけど」


「え? 簡単にノートに書いたのでよければあるけれど……」


「あの、それなら、私にも作れるかも!」


「え? ほむらちゃんも、リボン――はないから、盾で、鉄砲を作るの?」


「いえ、そうではなく。……あの、3Dプリンタって、知ってますか?」


「「3Dプリンタ??」」




 これは、暁美ほむらが、3Dプリンタで銃を作る世界線の、物語――



 ――という感じで、3Dプリンタの話題が流れるTwitterのTLを見ていて脳裏をよぎった、ほむほむが武器調達の手段として、銃の窃盗ではなく3Dプリンタによる密造の方を選んでいたらどうなってただろう、という妄想SSを書いていたのですが、書き上がる前にネタの賞味期限が切れそうだったので(もう切れてるかもしれませんが)、Togetterにネタだけ纏めておきました。気が向いたら続きも書こうと思いますが、どういうネタや話なのかは結末までそちらに書いていますので、興味を持たれた方は参照くださいまし↓

もしも暁美ほむら3Dプリンタで銃を作っていたら - Togetterまとめ http://togetter.com/li/665862