「深沢豊、或いは失われなかった夢の話。」

「人間の心には一種の共通した感情やイメージがあります。普段はまったく気がつかない無意識の部分のものです。共通意識の中でもめったに意識の部分に出ることがない、抑圧された劣等な性格や傾向、相反する価値観の具体的なイメージが『敵』の正体なのです。

 つまり、すべては『思い込み』です。ベルサーはどこにもいないし、どこからも来ていません」

(同人誌『VISIONNERZ』著・辺境人より抜粋)

幻影の原因として、必ずしも投影する為の対象物を必要とはしない。心的エネルギーこそが重要である。人は心と脳で映像を見るからである。

シルバーホークの更なる力強さへの願いが、幻の敵へと投影される。つまり、自己が力を持てば、それだけ幻も強くなり、次々と幻影を膨らませてしまうのである。

<そして、幻影の頂点(LastBoss)に対し、現実的な武力(兵器)で相手を破壊することでセルフが機能し、全てが完結する>





CLOSE YOUR EYES

 何が視えるだろうか?

CLOSE YOUR HEAD

 何が残るだろうか?


今も幻を視ている人々の為に


VISIONERZ

小倉久佳

(『DARIUS外伝オリジナルサウンドトラック』ライナーノーツより抜粋)

 たった一機の戦闘機が、何百何千の敵戦闘機を、何十何百の軍艦を破壊し、一軍、一国、惑星すら壊滅させる。シューティングゲーム(以下、STG)とは、そんな夢物語のような戦争をプレイヤーの手で実現させるジャンルでもある。ともすれば冗談にしかならないその物語を成立させるため、STGは大掛かりな設定を前提として自らに課してきた。プレイヤーの操る戦闘機をオーバーテクノロジーを用いた最新鋭の機体とし、強大な敵性組織の未知の技術をコピーしたブラックボックスを搭載させ、時空を越えてきた遥かなる未来や別世界の技術で組み上げる。乗り込むは一騎当千、超常の力さえ持った超人的パイロット。運命に選ばれ、非人道的な方法で徴兵され、或いは神ならぬ手によって作り出され、死ぬことを許されず、クローニングにより蘇り、タイムループしてやり直し、勝つまで戦い続け、使い捨てられる者たち。一方でそれは現実として成り立たないのではないかと、シミュレータやゲーム世界内のゲーム、或いは電脳空間、仮想空間の出来事とする。そうやって、STGの物語は過剰なSFやファンタジーを以って補強され、成立させられてきた*1

 タイトーSTG、『ダライアス』シリーズの一作、『DARIUS外伝』*2は、そういったSTGの一つの極北であった。襲ってくる「敵」はどこにもいないし、どこからも来ていない。全ては幻影。けれど人類は幻影の巨大な機械の魚たちに襲われ、被害を受け、存亡の危機に立たされる。幻想的なCGと音楽に彩られた夢とも現ともつかない情景を、過去に『DARIUS』という作中での現実的な戦争を戦い抜いた兵器、シルバーホークを駆って破壊し尽くすのだ。『DARIUS外伝』は、ゾーン選択によるプレイヤー自身による難易度調整の要素から、クリアやハイスコアを目指すそのプレイ自体の楽しさと、CGやBGM、世界観といった多くの演出のクオリティの高さから人気を博し、後世のゲーム、例えば『東方プロジェクト』*3にも『メタルブラック*4と共に影響を与えたとされる作品である。

 そしてこの『DARIUS外伝』は、深沢豊の『忘れものと落し物』に登場し、主人公とヒロインがゲームセンターでプレイし、スペシャルサンクスとしてクレジットされたゲームである。


●ゲーマー→ゲームクリエイター

 深沢豊はゲーマーである。

 彼のWEBコンテンツ「FLAGYX N()TE!」は、1996年にLeafの成年向けゲーム『痕』を「おすすめゲーム」として公開したのがの始まりだった*5。今も公開されている当時の日記やWEBや同人での活動の残滓からは、彼がコンシュマー、アーケード、パソコンと媒体を問わずにTVゲームを楽しむ姿が見て取れる。ゲーム仲間と『風のクロノア*6タイムアタックに興じ、18禁美少女ゲームの面白さやそれへの想いを語り、二次創作を行い、いつしかゲームを遊ぶ側だけでなく創る側にも回り、それを生業とするようになっていく日々の欠片が綴られている。読んでいけば、深沢豊がゲーマーからゲームクリエイターになった、ゲーム好きの人間だというのがわかるだろう。

 そんな彼であるから、作り出す作品に込められたゲームへの想いは大きい。

 彼はアダルト美少女ゲームには過去、3本の商業作品に携わっている。シナリオライターとしてのみ関わった『イザヨイ』(1999年11月)ではそれ程に顕著ではないが、企画、シナリオ、プログラムを担当した『2nd LOVE』(2000年2月)と『書淫、或いは失われた夢の物語。』(2000年7月。以下、『書淫』と略す)の2本はゲームであること、ゲームで物語るということ自体に拘り、ゲームであること自体が物語の仕掛けともなっていた。

 「FLAGYX N()TE!」立ち上げのきっかけとなった『痕』や『雫』『ToHeart』といったLVNS(リーフビジュアルノベルシリーズ)を見ても分かるように、当時の美少女ゲームは攻略可能ヒロインが複数存在し、フラグを積み重ねることでそれぞれのヒロインのシナリオルートに入り、同じゲームでありながらヒロインの数だけ別の物語が展開する様式、シングルスタート・マルチパス・マルチエンドという、所謂マルチシナリオ・マルチエンドの形式が主流となっており、深沢はその構造自体に物語としての意味付けを行ったのである。
 同様の事を試みた作品は他にもあった。『YU-NO*7はA.D.M.S.のように分岐構造を図式化し、運命の系統樹と意味付けを行い、多元宇宙や並行世界といったガジェットを用いて、プレイヤーがルートの攻略に失敗してやり直すことや、セーブやロードすらも物語的に意味あることと回収したし、何度も同じ時間軸の物語を繰り返すことをループと捉え、それをタイムスリップや転生等のSF的ファンタジーなガジェットと物語的に解釈した『Prismaticallization*8や『infinity』*9のような作品群は過去にも同時期にも存在した。
 美少女ゲームが分岐と繰り返しを抱えるようになっていったことは、それを形而上学的な問題と捉えさせたり、量子力学や波動で解釈していこうという流れがゲームの作り手と受け手双方に生まれていたのである。
 そんな中で深沢が『2ndLOVE』や『書淫』(余談ではあるが、この2作はゆるやかながら繋がっていると感じさせる箇所が幾つかある。2nd、3th、4rd等)で採った解釈は非常に単純なもので、大掛かりな設定やガジェット等は一切使っていなかった。詳しくは彼の作品のプレイの楽しみを奪うことになりかねないので割愛するが、物語を作っているのは誰なのか、語られているのは誰なのか、何のためにこれらの物語が存在しているのかを作中に込め、nBookという深沢豊自身が開発したゲームエンジンに載せることで実現させた、今では古いシステムとなってしまったコマンド入力(選択ではなく、自分で正解と思うコマンドをテキストで打ち込む)によるゲームの進行は、物語の内容を誰かに説明されるのではなく、プレイヤー自身が物語を発見し実感するというカタルシスを生み、特により複雑な物語構造を持った『書淫』はプレイヤーに高い評価を受けた。

 しかし『書淫』らを制作した深沢の所属会社は消滅し、彼は作りたいゲームが生業としては作れなくなる。そこで同人、インディーズという形でゲームを作ろうと「LANGuex」を立ち上げ、商業時代に組んだ月永真洋と共に新作『True Color,』を作ろうとするのだが、様々な事情が重なり、結局その作品は作り上げ世に出すことのないまま、10年が過ぎる。

 その間、彼が商業で関わった18禁ゲーム『書淫』はその高評価と絶版という事情、ネットオークションの普及や、後に『2nd Love』や『書淫』と似た要素を持っているとされたコンシュマーゲーム『Ever17』(PS2/DC後にWin版やPSP版も発売)が人気になったこと等を背景に、中古市場で定価の3倍以上の価格で取引される伝説的なゲームとなるが、それが彼の生活とゲーム製作に直接影響することはなかった。そんな喪われた10年の中で彼が『True Color,』に至る予告編をつけて発表した作品がある。『忘れものと落し物』(2005年)だ。


●彼は、ゲームのファンなんです

 『忘れものと落し物』は、深沢豊が作成したインディーズゲームであり、二種類が存在する。
 一つはhtmlベース、WEB日記スタイル*10で作られ1997年に公開されたもので、もう一つは彼の商業ゲームクリエイターとしての失われた10年の最中に、『書淫』等で用いたエンジン、nBookの発展形を用いてノベルスタイルにリメイクされたものである。
 内容自体は殆ど変わらない。作中で『DARIUS外伝』がプレイされ、スペシャルサンクスとしてクレジットされることも同様である(寧ろ『DARIUS外伝』と同じフォントで表示される「INSERT COIN」から始まる説明ページやプレイ画面を想起させる背景絵等、『DARIUS外伝』はWEB版より大きくフィーチャーされている)。
 『忘れものと落し物』には、章タイトルや物語の内容にユング等の心理学の引用が見られるのだが、実は『DARIUS外伝』にも同様のユングの引用がある*11

 冒頭で述べたように、STGはそのゲームの内容や構造を解釈したバックストーリーや設定を持つ事が多い。そして『DARIUS外伝』はその極北であり、ユング等を引用した意識と無意識、心と脳の問題としてそのゲームと物語を解釈している。『忘れものと落し物』もユング心理学や意識、脳による認識を物語の重要なキーとしているが、これは無関係ではあるまい。
 後に深沢豊は『脳の中の幽霊』や『考える脳 考えるコンピューター』といった脳に関する書籍やTV番組に影響を受けたことを公言し、脳の認知ベースで物事を考えるようになったと語っているが*12、『DARIUS外伝』は彼がそういった唯脳論的なものを志向するきっかけの一つだった可能性はあるし、そうでなくてもゲーム、そこで物語られるものがなんなのかという疑問にとことん向き合い、それを作品自体へとフィードバックし昇華させた姿が彼に共感や影響をもたらしたのであろうことは想像に難くない。
 そして彼が失われた10年の中で『True Color,』という新作の予告編を載せる媒体としてこの『忘れものと落し物』をリメイクし、再び『DARIUS外伝』へのスペシャルサンクスを謳ったというのには、大きな意味があるように感じられる。それは彼のゲームに対する表明ではなかったのだろうか。ゲームとは、物語とはなんなのか。その答えを考え、挑み続けることへの確認と決意ではなかったのかと。

 深沢豊はゲーマーである。『風のクロノア』のタイムアタックに燃え、『DARIUS外伝』にのめり込み、美少女ゲームのレビューをし、同好の士と語り合い、リーフの諸作品を愛好し二次創作を行い*13、そしてゲームクリエイターになった。しかし3本のゲームを送り出したところで所属会社は消滅し、10年は商業的には沈黙する事となるが、その中でも彼はプログラム技術を磨き、パズルなど小さなフリーゲームの作成をし、『忘れものと落し物』をもう一度表明し、面白そうなゲームへのアンテナを張り、遊び、ゲームに関わり続けていた。唯脳論を学び、文章を書き続けながら10年。彼は仕事ではなくなったのに、ずっとゲームの事を考え続けていたのだ。

 一つだけ、間違いなく言えることがある。深沢豊は、ゲームが好きだ。

 何かを表現したいとか、伝えたい事があるとか、そういうことの為にゲームを使うことも素晴らしいけれど、ゲームが「手段」ではなく「目的」であるということは、なんと迷いのない清々しいことであろうか。

 そして深沢豊と同じようにゲームのことが好きなゲーマー達は、彼の作品をプレイしてそれに気づき、言う。「僕は、あなたのゲームのファンなんです」と。


●その夢は終わらない

 2009年末。PSPで一つのSTGが発売された。『ダライアスバースト』。『DARIUS外伝』『Gダライアス』と続いた後に10年以上沈黙したダライアスシリーズ。その久方ぶりの完全新作である。

 2010年初。同じくPSPをプラットフォームとする新作の製作を引っさげて、一つのゲーム制作ブランドが立ち上がった。ブランド名は「テクスト。」製作を発表したゲームは『セカンドノベル』。そのメインシナリオライターの名は、深沢豊。そしてこの作品は『True Color,』が10年の時を経て姿を変えた姿であった*14

 この夏、『セカンドノベル』は無事に発売された。やはりゲームと物語に拘った深沢豊の作品であり、好評を博している。

 この冬、アーケード、ゲームセンターでダライアスシリーズの『ダライアスバーストアナザークロニクル』の稼働が決まった。

 奇妙な因縁を感じずにはいられない。

 10年が経って、世界には変わったものと変わらないものがあって、見たこともない新しいゲームと、どこかで見た懐かしいゲームの続編がある。ゲームは変わらず、面白い。


 深沢豊と、僕らのゲームは続いていく。



[EOF]

*1:一方でシューティング・ラブを謳った『トライジール』(ドリームキャスト版のStoryと書かれたページはほぼ白紙で、右下に「The story lies in ... you.」とだけ書かれている) や、『トゥウェルブスタッグ』『雷電IV』のように敢えてストーリーを用意しないSTGも存在する。これはこれで清々しい割り切りである。

*2:『DARIUS外伝』。1994年、タイトーのアーケード作品。後にサターンとPC、PS2の『タイトーメモリーズ』に移植。3画面、2画面を使ってきた『ダライアス』シリーズにあって一画面であったため外伝とされる。

*3:東方Project』。ZUN氏の作るインディーズ弾幕STGシリーズを核とした一大ジャンル。本シリーズで行われる弾幕STGは、力ある妖怪や魔法使い達が余技で行う「弾幕ごっこ」であると作中で語られている。ルールのある闘争。生死をかけた本気の戦いでない、遊びであるという解釈は興味深い。余談ではあるが、同様にゲームとしての戦争とSTGを看做し行うアプローチの作品に小説の『ヤマモト・ヨーコ』シリーズがある。元ゲーム製作者の作者の手になる作品はゲームネタが多くゲーマーにお薦めである。最近復刊されたので興味を持たれた方は是非。

*4:メタルブラック』。1991年、タイトーのアーケード作品。後にサターンとPS2の『タイトーメモリーズ』に移植。ハードなSF設定、観念的な最終ボス、その勝敗でEDが分岐する、退廃的なグラフィック、ボスとのド派手なレーザーの撃ち合い、耳に残るBGM(1面の「Born to be free」は不朽の名曲)、その曲名が画面に表示されるなど、多くの印象深い特徴を持ち後の作品にも影響を与えた。ビルを背負ったヤドカリや海洋生物のような敵キャラも登場し、『ダライアス外伝』が発表されるまでは、一部でダライアスの外伝的作品とも見られていた。

*5:てぬ日記「かいせつ」欄参照。 http://www.languex.jp/flagyx/talk/diary/1996_9.html

*6:風のクロノア』。この場合は1997年にプレイステーションで発売された第一作のこと。スーパーマリオ型のジャンプアクションゲームとして非常に良く出来た作品だが、同時に世界設定やグラフィック、音楽も評価が高い。また、ゲームのプレイヤーの存在を組み込んだ物語を持ち、クリア時に残酷な程に胸に染みる作品でもある。2008年に『Wii』にリメイク移植された他、多くの続編や関連作が存在する。

*7:『この世の果てで恋を歌う少女 YU-NO』1997年、elf。

*8:Prismaticallization』。1999年にプレイステーションアークシステムワークスから発売されたADV。後にドリームキャストに移植。略称P17n

*9:『infinity』。2000年にプレイステーションでKIDから発売されたADV。ネオジオポケット版に補完シナリオがあり、ドリームキャスト等、他機種に移植された際にネオジオポケット版の追加要素も加え『Never7』と改題された。『Ever17』等のinfinityシリーズの最初の一作である。

*10:彼の当時のWEB日記のデザインと似せた画面デザインを使って進行し、現実と虚構の境界を曖昧にする演出もとられていた。

*11:「意識」について調べていく過程で私は「意識の科学」(ケネス・パエレティエ著、スワミ・プレム・プラブッダ訳)、「妖星伝」(半村良著)、「Biginners For ユング」(大住誠著)「ユング共時性」(イラ・プロゴフ著、河合隼雄河合幹雄訳)、「空飛ぶ円盤」(C.G.ユング著、松代洋一訳)といった書籍に接触し、これらの中から下記の3つのKey Wordを取り上げ、ヒントにした。I 原型 II 投影 III 幻視(『DARIUS外伝オリジナルサウンドトラック』ライナーノーツより抜粋

*12:影響を受けたもの、思想として http://blog.tmemo.jp/flagyx/archives/1975/08/08.htmlセカンドノベル』参考資料として挙げている http://www.textweb.jp/secondnovel

*13:余談だが、当時のWEB上のリーフ二次創作者達の多くは、ヒロインの一人であるメイドロボのマルチやセリオに関する創作や考察を行っていた(『セリオのいる風景』『芹緒』『ワタシノココロ』など)。深沢豊の周辺でもAIや彼らの存在や心についての議論は行われており、そういった背景も彼に影響を与えている可能性を指摘しておく。TVゲームをロボットと捉えた桝山寛『TVゲーム文化論』も存在するが、それは流石に脱線しすぎか。

*14:「このゲームには元になった作品、「原作」があります。「True Color,」という同人ゲームです。」(『セカンドノベル』開発コメントより) http://www.textweb.jp/secondnovel