序論「FateとAYAKASHIと」

 現在のPC美少女ゲーム界に於いて最大の人気と売り上げを誇る(注1)TYPE-MOONの伝奇活劇ビジュアルノベルFate/Stay night」は、美少女ゲーム史において様々な意味を持つ作品であるが、表現技法的には、ビジュアルノベルのビジュアル面における演出を非常に強化した作品という側面がある。
 一枚絵の振動、スクロール、部分的にエフェクトをかけるといった従来よりの演出の洗練はともかく、「人物A→剣戟エフェクト→人物B」といったような、一枚絵のテンポのよい切り替えで戦闘シーンや状況・心情・情景を表現するような擬似アニメ的な技法はこのジャンルに於いては画期的であり(注2)、ageがAGESで提唱したキャラクターの立ち絵による拡大縮小・移動を含めた芝居の採用と相まって(注3)、閉塞しかけていたビジュアルノベルというジャンルに新風を吹き込んだのだ。
 ただし「Fate」はFFDのように全く新しいシステムを提案したわけではなく、主となる文章と、挿絵(挿入されるビジュアル)によって構成されるビジュアルノベルという立場は崩していない(注4)。飽くまでメインは文章で紡がれる物語であり、音や絵はそれを演出するものに過ぎない。
 2005年10月28日。
 「Fate/Stay night」の、新規エピソードを含むファンディスクである「Fate/hollow ataraxia」が発売されたのと時を同じくして、「Fate」とは対照的な作品が発売された。CrossNetの「AYAKASHI」である。
 「AYAKASHI」はシステム的には所謂ビジュアルノベル後のADV(注5)であり、目新しい部分はない。5000枚以上という圧倒的な総CG枚数と、それらやショートムービーを用いた膨大な擬似アニメ的な演出を除けば。
 「AYAKASHI」の演出技法は「Fate」と似通っている。
 パノラマ的に描いたCGをスクロールさせ、複数のCGを切り替え、状況を描写していく。さらに背景とキャラのCGを重ね、別々にスクロールさせるなど、「Fate」にはなかったより大掛かりな演出はPC88などの一般PCゲーム全盛期やCD-ROM黎明期往年のビジュアルシーン(注6)を彷彿とさせる。
 そして膨大なそのビジュアルシーンは監督のTOMA氏の個性的なカット割り(注7)もあって単体として面白く、文章に対する挿絵というよりむしろメインであり、デフォルトでテキスト表記がカットされていたDeepVoiceほど顕著ではないが、文章によって語るのではなく、絵によって物語ろうという気概がひしひしと伝わってきた。
 実際には絵だけで語るには現状の枚数でも無理があり、結果、絵を見越して極力テキストに頼らなかった作りも災いし、また様々な意味で絵に合わせ縮小されたであろうストーリーラインなどから若干消化不良となったように思われるが(注8)、試みとしては非常に興味深い物があった。
 ノベル系のADVゲームに於けるテキストメインという固定観念の逆転、その上でアニメーションでもFFDでもなく、ビジュアルシーンで構成されたADVゲームというスタイルの選択。
 文章をメインに据え、ビジュアルノベルという形にビジュアルシーンを挿絵として落とし込んで行ったFateと比較しても、色々と考察材料となる作品である。結局、ビジュアル偏重のゲームは製作者が自由に作り安いプアマンズアニメ(注9)、プアマンズムービーなのか否かなどを考える上でも次回作が非常に楽しみだ。
 FFからアドベンドチルドレンが作られるように、ゲーム会社、ゲーム製作者がゲームでなく映像作品も作れるようになった現在。改めてゲームとビジュアル、「ビジュアルシーン」というものについて考えてみるのも面白いのではなかろうか。


(注1)一説には全エロゲユーザーの3分の1が購入。化け物ソフト。ちなみにメガCD版LUNAR2はハードと出荷台数が同じでもっと化け物…といっていいのか?
(注2)類例が全くなかったわけではなかったが、「Fate」ほどに多用され、表現システムとして作品全体を通して組み込まれ、且つ成功したものは画期的と言っていいだろう。美少女ゲームに於ける一枚絵の切り替え技法についてはKeyのKANONを基点に、アンダーグラウンドなMADを含めた静止画ムービーの変遷などを交えて考察してみたいところではある。
(注3)ただし一枚のCGを拡大縮小するAGESに対し、FateではAGESでのCGの荒さを見てか、大中小、複数の大きさのCGを用意した。
(注4)しかし一方で「Fate」は祖たるリーフが提唱したビジュアルノベルという形式において重要視された「文字」やその配置によるグラフックアート的な演出に関しては驚くほどに無頓着である。
(注5)リーフのビジュアルノベル、とりわけToHeart後に美少女ゲームのスタンダードとなった感のあるADVゲームスタイル。コマンド選択ではなく、ノベルゲームのように読み進める中で時折現れる選択肢を選択していくことでゲームが進行していく。ノベルとの違いは、全画面にテキストを表記するかウインドウ内にテキストを表記するかといったところ。
(注6)32BITマシンを得てからの「ムービー」ではなく、「ビジュアルシーン」をイメージしていただきたい。エンジン版「YsI・II」とか、実は動いていないアニメっぽいシーン。
(注7)エイムルート最終話の冒頭、雪のシーンなど非常に美しい。また織江ルート最終話の時系列順でない構成なども興味深いところである。
(注8)絵の多く用意されていないサブシナリオが、絵の少なさをテキストで補う形となり、結果的に本編よりも物語やキャラクターの掘り下げが深くなっていたことから推察。…皮肉な話である。
(注9)AYAKASHIは連続ドラマ形式であり、OP、EDが毎回挿入される。OPはアニメーションでその制作はJellyFishだったりする。