まどマギSS『One Day』

杏子「おーっすマミー、なんか食うモンないー? うん、甘い匂いが……」


 夕暮れ時。勝手知ったる人の家とばかりに、佐倉杏子は上がりこんだ巴マミの家の台所に真っ直ぐに向かう。もぅ、と出迎えたマミは苦笑しながらその後をついていく。


杏子「うお、なんだこの豪華なケーキは……。誰か誕生日だっけ?」


 テーブル上の、綺麗にデコレーションされたホールのケーキを前に杏子が感嘆の声を上げる。普段なら遠慮なく味見と称してのひとつまみをするところだが、いつもの5割増しくらいのサイズの多段を丁寧に生クリームで装飾し、風格すら漂わせているそれを崩すのには気が引けて思わず指を引っ込める。


マミ「そういうわけでもないのだれど、なぜかしらね。気がついたら作ってしまっていたのよね。材料が余ってたとはいえ、始めたら止まらなくって8号サイズとか、自分でも初めての試みね……」


 自分でもわけがわからないと言うように首を傾げるマミに杏子は少し呆れる。


杏子「どうすんだこれ、一人じゃ絶対食べ切れないだろう……」
マミ「そう思って連絡しようとしてたところだったのよね」
杏子「いや私でも無理だぞ……。ほむらも誘うか? あいつも甘いの嫌いじゃないだろ。いや3人でも苦しいか」


 魔法少女として時に一緒にマジュウと戦う、マミとも共通の仲である戦友のことを杏子は思い浮かべる。


マミ「さっき写メを送って相談してみたら、持ってきてって言われたわ」


 杏子「ん? 私より先にほむらに声かけたのか」
 マミ「あなたはケータイ持っていないでしょう」


杏子「……あれ? 持ってきて?? あいつ、自分の家に来いって言ったのか!?」


 杏子は二重の意味で驚く。この大きさのケーキを持って来いという無茶ぶりもそうだが、秘密主義なのか、ほむらの自宅に自分たちが訪れたことは今まで一度もないのだ。それが自分から招き入れる。


杏子「なんだと、ワルプルギスの夜の前触れか!?」
マミ「天変地異を疑う気持ちも分からないでもないけれど、招かれた先は彼女の家ではないのよね」
杏子「どういうことだよ?」
マミ「私にも訳がわからないのよね。でも、ケーキ以外のご馳走も食べられるみたいよ?」


 ◇◇◇


 ピンポーン。


 「鹿目」と表札のかかった家のチャイムを鳴らして数秒、杏子とマミは中からドアを開けたほむらと、この家の人らしい女性に招き入れられた。


杏子「ええと、お招きいただきありがとうございます」
マミ「見ず知らずの私たちが突然お邪魔させていただいて、本当によかったのかしら……?」
ほむ「そうしてくれた方が助かる、て詢子さんが」
詢子「そうなのよ、だから気にしないで。というか寧ろ助けて? ウチのタツヤ、息子にちょ〜っと商店街の福引させたら大当たりしちゃって」
杏子「はあ……」


 杏子とマミは顔を見合わせて疑問の表情を浮かべながら、案内されるままにテーブルに着く。


詢子「高級食材がね、もの凄い量で。冷凍したりすればいいんだろうけど、ウチの人がやったら張り切っちゃってね。気が付いたら家族3人じゃ絶対に食べきれない量のご馳走を作っちゃってた、というわけ」
知久「いい素材はそのままに食べたいものだしね……とはいえ、ここまでの量を作るつもりはなかったはずなんだけどね」


 奥から料理の皿を持って現れたこの家の主人らしき人が、自分でもなんでここまで凝っちゃったかわからないんだけどね、と苦笑気味に微笑んで、挨拶をする。杏子はその表情を、さっきケーキを作りすぎたと言ったマミと似ているな、と思った。失敗の筈なのにどこか幸せそうな、誇らしそうな、不思議な笑顔。


詢子「それで、折角だからパーッとパーティーでもやるかーって思ったけど、突然だし、流石になかなか人も捕まんなくてねー。お酒とシャンパン買いに出た先で、顔なじみのほむらちゃん見つけたんで攫ってきたってわけ」
ほむ「さらわれました」


 ちょっと嬉しそうに苦笑するほむらに、マミと杏子は再度顔を見合わせる。


ほむ「それで、友達いるならいっぱい呼んで』と言われたのでお2人にもお声がけを」
マミ「なるほどね……」
杏子「友達か。お前、私達くらいしか友達いないもんな?」
ほむ「そんなこと、ないですよ」
詢子「そういえばさっき一緒にいた子、まだ来てないね」


 一瞬、寂しそうな表情を浮かべた杏子とほむらの顔を見て、マミは知らず、視線を下げた。美樹さやか。円環の理に導かれた後輩のことを思い出す。


 ピンポーン。


 鹿目家のチャイムが再度鳴った。


ほむ「ほら、あなた達以外の友達も来ました」
マミ「え?」


 出迎えに立ったほむらと詢子が、新たに一人の少女を連れて戻ってきた。その顔を見て杏子がハッとする。もういない友達、さやかの件で面識のある相手。


仁美「こんばんは、ごきげんよう。お招き頂きありがとうございます」
ほむ「クラスメイトの志筑仁美さんです」


 杏子がぎこちなく会釈すると、仁美は挨拶を返してその隣に腰掛けた。胸の刺した緑のブローチが光る。


ほむ「仁美さんとは偶然先ほど、アクセサリーショップで一緒になって」
仁美「予約注文していた商品の受け渡しが今日でしたので。と言っても、なんで注文してたのか、受け渡しの期日を今日にしてたのか、自分でも憶えてなくて、不思議な話なんですが……」
ほむ「それで、その話を聞いて、折角だからちょっと相談に乗ってもらっていたら、詢子さんとバッタリ出くわして」
マミ「相談?」
ほむ「ええ、大切な友達に贈るプレゼントの相談です」


 少しほむらは、遠い目をする。
 コトン、とその前にシャンパングラスが置かれた。
 気付くと飲み物が詢子と知久の手でテーブルに並べられている。


詢子「さあさあさあ、メンツも揃ったところで乾杯と行きますか! 皆さん飲み物を手に……って、タッくんにはまだシャンパンは早いからダメ! こっちのジュースでね……あれ、シャンパングラス一個多かったのか」


 少女達があっ、とそれぞれの理由で表情を変えるのに気付いてか知らずか、詢子はグラスを下げはせず、ただ、まだ小さな息子のタツヤの手の届かない場所に移動する。


詢子「はい、皆グラス持ったね? そしたら乾杯しましょうか」
知久「えーと……何に乾杯するんだっけ?」
詢子「あれ、考えてない」
タツ「まろか、まろかー」
知久「えー、この度は、我が鹿目家主催のホームパーティへようこそ。気兼ねせず楽しんで、たくさん飲んで、食べていってください」
マミ「私もケーキ焼いて来ましたので、後でデザートに」
詢子「では皆が出会い集った、この良き日に」


皆「「「「「乾杯!!」」」」」


 10月3日。
 この日が鹿目まどかの誕生日だと知るものはこの世界には1人、暁美ほむらしかいない。
 それでも何かに導かれるように、彼女を大切に思った人たちはこの日に集った。
 それがただの偶然なのか、奇跡のようなものなのか、ほむらにはわからない。
 でも、だからこそ、感謝する。
 ありがとう、と。
 そしてテーブルに置かれたグラスに自分のグラスを軽く当て、暁美ほむらは呟いた。


「おめでとう、まどか」


 グラスのシャンパンが小さく揺れて、ほむらは耳元に彼女の声を聴いたような気がした。