間劇

「落ち着いて話を聞いて欲しいのです……」

 そう言うなぎさの方が落ち着いていなかった。
 一見、しゃなりとすました態度をとっていたけれど、実は心臓がバクバク言ってたし、目頭も熱かった。まともにマミさんの目を見たらその瞬間に涙が零れ落ちるような気がして、視線も泳いでいる。

(なぎさはウソつきなのです。ズルしていたのです。ずっとマミを騙していたのです。……怒られる、のでしょうか? 嫌われて……しまうのでしょうか……?)

「あなたは――」

 気持ちを抑え、懸命に役目を果たそうとしているその小さな姿は痛々しくすらあった。でも大丈夫。マミさんはきっとわかってくれる。ねえなぎさ、アンタがベベとして寄り添ったマミさんは――

(さやかはうるさいのです。少し黙っててくださいなのです!!)

 へいへい。

「もしかして、べべ?」

 戸惑いながらも目の前の少女の正体を察したマミさん――ほら、それがわかるくらいにマミさんはアンタと一緒にいたん(だからうるさいのです!)――の言葉に、なぎさはなけなしの勇気を振り絞って肯く。ゆっくりと顔を上げ、思わず閉じてしまった瞼を恐る恐る開ける。こっそりと深呼吸をして、そして"ベベ"こと百江なぎさは、私達のこと、つまり、円環の理と暁美ほむらのことについてを話し始めた。



***



 なぎさの話を聞き終えたマミさんの表情には、戸惑いと、哀しみが浮かんでいるように見えた。怒られるかもしれないと身構えていたなぎさは、その静けさに安堵するよりも先にショックを受けている自分に気がつく。
(傷つけて、しまったのです……)
 騙していた、利用していた、その事実に怒りをぶつけられていたほうがどれ程楽だったろう。胸の奥が冷たい針に刺されたように痛い。
 数秒の沈黙の後、マミさんが口にした言葉はなぎさの予想していたどの反応とも違っていた。
 マミさんは両手の指を絡ませて反らせ、頭上に向けて大きく伸びをすると、なぎさから街の景色へと、視線を動かした。偽の、見滝原の街に。

「私ね、あなたに1つ、教えておきたいことがあるの」

 なぎさにはマミさんの表情は見えない。声だけが聞こえる。

「私が魔法少女になってから初めて出来たお友達は、人じゃなかったわ。色白な顔で、無表情で、何考えてるのか分からなくって、…最初は面食らったものよ」

「えっ、と…?」

 戸惑うなぎさの声に構わず、マミさんは続ける。

「頭のいい子だったわ。私が何を求めているのかっていうのと、私に必要なモノが何かっていうのの違いをちゃんとわかっていたのね。今思えば、私がすぐに死んでしまわないように、生きて役に立つように、あの子も必死だったのかもしれない。泣き虫の私を慰めたり、叱咤したり、そしていつでも、頭にくるくらいに正しいことだけを言うのよね」

「マミ…」

 マミさんは続ける。

「あの日、私の人生がお父さんやお母さんの命と一緒に閉じかけていた日、扉の向こうからあの子は呼びかけてくれた。扉を開けてそっちに行くことを選んだのは私だったけど、その為に鍵を開けてくれたのはあの子だったわ。それからもずっと、色んな鍵をあの子は開けてくれた。1人ぼっちの私が泣きながら部屋に閉じこもって死んで行かなかったのも、もう一度学校に行けたのも、魔法少女として戦い続けて来られたのも、全部、あの子がいてくれたからだわ」

「――」

 唯一の聴衆は、静かに言葉を待っている。
 マミさんは笑って、なぎさを振り返り言った。

「名前はキュゥべえ。アダ名なんだけどね。本名が言いづらいからって、私がつけてあげたの」



***



「思い、出したの、ですね…」

 マミさんはなぎさの声には答えなかった。

「でもね、ベベ」

 なぎさのからだがビクンと震える。

キュゥべえは私が作ったお菓子にお礼を言うことはあっても、一度も美味しいって言ってくれたことはなかった。何が欲しい、何が食べたいって聞いてもまともな返事が返ってくることはなかったし、私の為に絵を描いてくれるなんてこともなかったわ」

 マミさんはなぎさの頭を撫でて、なぜか少し悲しそうに微笑んだ。

「なんだか変な気分だわ。15歳の記憶が2つあるみたい」

「なぎさは、なぎさは――」

「なぎさちゃん、ていうのね、本当は」

「ごめ…なさい…」

 なぎさは真実を話す際も、キュゥべえインキュベーターのことについて、ある部分に関しては意図的に触れないようにしていた。その意味が全くなかったことが今はっきりした(なら、その裏に隠していた思いも見透かされていたのでしょうか…?)。

「どうして謝るの? 私を傷つけたくなかったから、黙っていてくれたんでしょう?」

「ちが…、なぎさは、ズルくて、マミに嫌われたく、なくて…」

 なぎさの瞳からついに涙が溢れだしていた。感情の奔流はリンクしている私にももう正確には理解できない。なぎさが役目の中でマミさんのことを好きになってしまったこと、だからこそ、マミさんが大切な友達だと好意を寄せていたキュゥべえの位置へのなりすましたに罪悪感を覚えてしまったこと、マミさんに愛されていたキュゥべえへの嫉妬、マミさんのことを本当は好きでもなんでもないキュゥべえに感じた嫌悪、この結界世界でのキュゥべえのマミさんへの態度への怒り、友達だと思っていたキュゥべえの真実を知ることでマミさんが悲しむのではないかという恐れ――。様々な感情がない混ぜになって、なぎさの頬を伝う。

「ありがとう、べベ。多分、あなたが言っていることは本当だわ」

 マミさんはしゃがみ込んで、なぎさの頬の涙をそっと拭く。

「でも私は、記憶の中にあるキュゥべえのことも、その思い出も本当だと思ってる。だから、私こそ、ごめんね。私はあの子の言葉も聞かないといけない。私にはあの子も、あなたも、同じくらい大切なお友達だったから」

 なぎさは言葉が出せなかった。胸の奥がまたチクリと痛む。

「でも、不思議ね。こんなに可愛い女の子が、本当にあの小さなベベだなんて」

「信じられない…ですか?」

魔法少女は夢と希望、不思議そのものよ?」

 微笑んで首を横に振るマミさんの胸に向かって、なぎさは、ベベの姿になって飛び込んだ。