雪と雨

今日も雪だった。

3月1日は毎年のように雪を見る。その度に彼女のことを思い出す。
いや思い出すような記憶は僕にはないので思い出すというのも変な話なのだが。

僕にはモニターごしに文字列で交わした言葉しか彼女の記憶はない。
初めて彼女の顔を見たのは彼女の葬式に参列しその死体に触れた時だ。だから厳密には僕と彼女は実際には会ったことさえない。

いつか会うという約束はしていた。
だから会いに行った。

でも僕が会えたのは当然の事ながら彼女だったモノであって彼女ではなかった。
百歩譲って僕が彼女に会えたのだとしても、彼女が僕に会ったという事実はない。

「はじめまして、さようなら。」

僕は彼女と一度も出会うことなく、たださよならだけをした。

得ていない筈なのに何かを失ったと思った。
何も失っていないはずなのに、何かを喪ったように思った。

ある筈のない喪失の感覚は、存在しない痛みとなって、今も。